カザフ人とともに生活をしていると、至る所に美しい装飾が施されていることに気がつきます。
カザフ人は、「刺す」/「織る」/「巻く」ことにより、身の回りの家具や服などに装飾を施します。
ここでは、そのような技法によって作られたものをちょっとご紹介したいと思います。
 
◎カザフの手芸技法についてはこちらもご覧下さい。 

 


 

★刺繍布「トゥス•キーズ」
 
 
トゥス•キーズとは、カザフ人が住居(特に、フェルトで覆われた移動式家屋「ウイ」)の内部の壁に結びつけて貼る刺繍壁掛けのことです。カザフ語でトゥスとは、「目に見える範囲」を、キーズとは「フェルト」を意味します。主に防寒対策用に、また家の装飾のために使用されます。現在では布に刺繍を施したものをトゥス•キーズと呼びますが、昔はフェルトにアップリケを施したものをこのように呼んでいたのではないかと言われています。

 

この刺繍布の大きさは、ベッドの大きさにあわせて作られるため、平均で高さ140cm×横220cmほどです。布のほぼ全体に刺繍が施されていますが、この刺繍は一般的な刺繍針によるものではなく、かぎ針を用いて施されています。かぎ針による刺繍は、一般的な刺繍針を用いての刺繍に比べて、短時間でたくさんの刺繍を可能にします。このため、速い人では1枚の刺繍布を1~2ヶ月ほどで縫い上げてしまいます。
 
 
 
 
この刺繍布は、カザフの女性によって作られます。家で使用するために作られるほか、自分の家族や大事な友人などに贈るために作られる場合もあります。

 

 


 

 

★ベッド下の装飾布「アラシャ」

 

ベッドの下部につける横長の刺繍布あるいは織り紐のことを、アラシャと呼びます。ベッドの下に物を置く時に、ごちゃごちゃした部分が見えて恥ずかしくないようにとこのように布をつけて目隠しをしています。綺麗好きのカザフ人らしい気遣いです。色彩豊かな布で囲まれた寝具周りは、とても豪華な印象を与えます。バヤン•ウルギーの自然環境では、青い空と湖、わずかな緑の草原があるだけで色彩的にはやや乏しく感じられますが、対照的に、人間活動に関わる部分には、細部に至るまで鮮やかな色合いで飾られています。


 


 


★フェルトの絨毯「サルマック」

サルマックとは、羊毛と駱駝毛によって作られたフェルトに、カザフの文様を縫い込んだ絨毯の事です。サルマックには、必ずカザフ文様が施されていなければなりません。似たような造りのフェルト絨毯でも、カザフ文様が施されていない物は、サルマックとは呼ばれないのです。


サルマックに施されるカザフ文様は、トゥス•キーズ(上記説明を参照)に施されるカザフ文様とは異なっています。サルマックに施されるカザフ文様は、昔ながらのカザフ文様であると言われています。古くから受け継がれて来た文様であるという意味です。


サルマックの大きさは、平均で縦100cm×横180cmほどです。これよりも、小さいサイズのものをマヤウザ、大きいサイズのものをテヘメットと呼びます。特に、テヘメットは横3mにも及ぶらしく、現在ではほとんど目にする事がなくなったと聞きます。昔、家の中であまり椅子が用いられる事がなかった時代には、このサルマックが床一面に敷かれ、大変重宝されたそうです。

現在でも、カザフ人の家に入ると、こうした鮮やかな色の絨毯が敷かれていて我々の目を引きます。家でお茶会が開かれるときには必ず床にサルマックを敷いてその上にお茶やお菓子を並べます。
 

 

 


 

★葦の防砂壁「オラガン•チー」
 
オラガン•チーとは、羊毛で作った糸(最近ではアクリル糸などもある)を葦に巻き付け、それを編んで作った砂よけ壁のことです。砂よけとしてだけではなく、害虫や害獣が家の中に侵入することも防ぎます。カザフの移動式家屋「ウイ」の外壁と内壁の間に挟まれています。そのため、フェルトや他の布が壁に巻かれると人目につく事はありません。しかし、そういった部分にも細かく装飾を施しているのです。
 
オラガン•チーに施す文様によって、カザフとキルギスなど、他の周辺民族と区別するのに利用されていたとも言われています。文様を施さず、白い糸を巻き付けてあるだけの防砂壁もあります。白い糸が巻き付かれた防砂壁のことは、アク•チーと呼んでいます。また、家屋の壁の下部のみにまきつけるエレゲ•チーとよばれるものもあります。
 
葦に糸を巻き付けていくのは手のかかる大変な作業ですが、できあがった防砂壁は本当に美しいです。この作り手の人口は全体としては減少傾向にあると聞きますが、現在ではバヤン•ウルギー県のバイン•ノール郡に作り手が多く居住しているそうです。
 
 
◎オラガン•チーの作り方に関しましては、管理人blog「オラガンチーをつくる」と「アクチーをつくる」いうタイトルで写真つきで掲載しています。あわせてご覧下さい。
 
 
 
 

 

★手織り紐「テェルメ•バオ」
 
カザフ人は織りによって様々な紐を作ります。この紐のことを総じて、「テェルメ•バオ」といいます。
カザフ語でテェルメとは「織り」を、バオは「紐」を意味します。織りによって作られた紐は丈夫であるため、家の中の至る所で使用されています。
 
 
 
例えば、カザフの移動式家屋ウイの壁の連結部分に巻き付ける紐として、梁を固定する際に使用される紐として、あるいは、ウイを建てる際に天窓を支える紐としても使用されます。
 
 
 
 
紐には、カザフの文様が施されています。紐の太さによって、施される文様のパターンが決まっています。織りの際に用いられる織り機は鉄や木で作られた簡易的な造りのもので、地面に置いて使用されます。

 


 


 

装飾を施して作られるもののほとんどは、家の中で用いられるものです。家という、家族が共に生きる場所を重んじ、これほどまで様々なものに丁寧に美しい装飾を施すカザフ人。カザフ人による装飾行為とは、彼等の家/家族を想う気持ちの表れなのではないでしょうか。



【参考】
加藤九詐(1983)「カザフ族の遊牧生活」国立民族学博物館研究報告8(3), pp653-696
西村幹也(2011)「モンゴルのカザフ人」日本とモンゴル第46巻第一号(123号),pp25-37 

 
《装飾文化:文責》カザフ情報局ケステ管理人 廣田千恵子
(千葉大学大学院博士前期課程/ NPO法人北方アジア文化交流センターしゃがぁ)
《最終更新日》2014年4月30日
《写真撮影》西村幹也•廣田千恵子