カザフ音楽とは

 

カザフ音楽は、カザフ人が奏でる音楽です。彼らが歌う音楽の内容は様々です。例えば、愛する人へ向けた歌や、お父さんとお母さん、弟、友人について歌ったもの。さらに、カザフ人の歴史を歌った歌や自分たちの(遊牧)生活についての曲、カザフスタンという国家を称える(ほめる)歌など。そういう歌がカザフ音楽にはたくさんあります。

 

カザフ音楽で必ず演奏されるのが、「ドンブラ」という楽器です。

 

 

ドンブラは、カザフ人の住んでいるほぼすべての地域で用いられています。そのため、ドンブラという楽器はカザフ人のシンボルとしても用いられています。例えば、このドンブラの像はバヤン・ウルギー県の県都ウルギー市に立っているものです。

ドンブラは、胴と棹に2本の弦が張ってある楽器です。この弦を手で弾きながら演奏します。この弦は、現在はナイロン弦が張られています。2本の弦ですが、2本の糸が張ってあるわけではありません。1本のナイロン弦を、胴の下部分で折り返して用いています。



昔はこの弦は家畜の腸を用いたガットだったようですが、楽器の大量生産に合わせて廃れてしまいました。また、胴と棹は、木でできています。主に使われるのは、松、クルミ、白樺といった遊牧地域で手に入れられる種類の木です。このような材料を使いながら、ドンブラの楽器職人が「手作り」でドンブラを作っていきます。

この楽器について少し詳しく説明してみますと、ドンブラには、2つの形(種類)があります。 1つは、5角形の形をしたドンブラ。



そして、まるい卵の形をしたドンブラです



一般的に「ドンブラ」というと、後者の卵型の楽器のことを指します。これらの楽器の違いは何か。それは、卵型のドンブラはもともとカザフスタンの西で使われていたもので、一方ダイヤ型のは、カザフスタンの東で使われていました。ただ、社会主義時代に「卵型のドンブラを使って演奏しよう」という国の決定で、カザフ人の住むほとんどの地域で卵型のドンブラが使われるようになりました。このように、ドンブラはカザフ民族においてとても大切なものであるため、政治的に利用されるものでもあります。

 

カザフ音楽の演奏

 

以上、カザフ音楽、主にドンブラという民族楽器の概要について説明しました。次に、カザフ音楽がどのように演奏されるのかについて、Youtubeから動画を用いて説明していきたいと思います。

 

はじめに、普通のカザフ人(遊牧民?)が歌うカザフ音楽です。お母さんについて歌った曲です。カメラ真ん中にある楽器がドンブラです。

 Nomadic Kazakh Plays Traditional Music

 

次の動画は、モンゴル国の西部に位置するバヤン・ウルギー県にある劇場の劇団員(ドンブラ演奏のプロ)が演奏するカザフ音楽です。この劇団員は、大体の場合公募で募集されます。その選考の際、劇団員に師事していたかということが重要な条件になります。現在、バヤン・ウルギー県の劇場では、30歳以下の劇団員が多く在籍しており、劇団員による海外(特に新疆ウイグル自治区とカザフスタン)への演奏旅行も行われています。

 

この動画の演奏者が演奏する曲は、馬が駆けるのを表現しています。タタタッ、タタタッ、タタタッと草原を駆ける馬がイメージされています。

TRADITIONAL KAZAKH MUSIC DOMBRA PLAYED IN BAYAN ULGII BY AYGAN BADEL


 

さて、今のようにプロの演奏家となると、その技術はとても高くなります。次は、カザフスタンで演奏された曲です。彼らは、複数のドンブラの合奏でを行っています。ちなみに、カザフスタンにはカザフ音楽学校があり、そこにはドンブラ演奏のプロを目指す音楽家が集っています。

The Kazakh Orchestra of Folk Instruments
 

以上の3曲を聞いていただきました。どの演奏も弾くという行為は共通していますが、弾き方、演奏法は多種多様ということができます。そこに、カザフ音楽、ドンブラ演奏の奥深さがあります。 
 

 

カザフのポップ音楽

 

ここ10年くらいモンゴル国のカザフ人の間ではカザフスタンのポップ音楽が頻繁に聞かれています。特に、カザフスタンでも有名な「モザルト(Muzart)」や「カイラト・ヌルタス(Kairat Nurtas)」というアーティスト(グループ)がとても人気です。

 

モザルトを例にあげます。

 

彼らが歌うのはカザフ人やカザフスタンを称賛する曲が多いです。以下の曲は、「アルマティを想う」という曲で、アルマティというカザフスタン南東部の街の素晴らしさを歌ったものです。もともとロシア語で歌われていた曲を、カザフ語に歌詞を変えて歌っています。

САҒЫНДЫМ АЛМАТЫМДЫ

こういう風に、最近の曲はほとんど欧米の曲と変わりありません。ただ、歌詞はもちろんカザフ語で、歌っている内容が愛国的であったり愛する人を歌ったりといろいろです。

 

 

最後に―カザフ人にとって音楽とは―

 

以上で、カザフ音楽をドンブラという楽器を中心として、youtubeの動画や写真を通して説明してきました。

 

では、カザフ人にとって音楽とは何なのでしょうか。

 

カザフ人にとっての音楽とは、人々の間をつなぐコミュニケーション道具だと私は考えています。それは例えば、楽しみや悲しみといった感情を表現したり、自分の意思を表明するものです。

 

私が経験したことを例に挙げます。2013年夏にモンゴル西部のバヤン・ウルギー県でフィールドワーク(現地調査)を行っていたとき、ある20歳代の劇団員ととても仲良くなりました。私がウランバートルに帰る直前、彼と会ったときに、私にだけ聞こえる声で一曲歌ってくれました。「光あれ」という曲で、別れのときに歌われる曲です。歌詞の一部を翻訳します。

 

「光あれ」

 

靴を履き、革の服を着たあなたは

 

私の元から旅立ってしまう。

 

もし元気であるならば、この地を去るがよい。

 

もし、元気でないならば、この地に残り土地の水を飲むがいい。

 

光よ、光よ、光あれ。

 

わが心の幸せな時を。

 

よいときは、光があらんことを。

 

悪いときでも、気にしてはいけないのだ。

 

こういう風に、彼は私に対する感情を、歌にして歌ってくれました。カザフ人の多くは、歌にのせて感情を表現することを行います。上の章でカザフの曲の内容は、多種多様であることを述べました。その中でも、人の感情をとても細かく表現する曲というのは、ジャンルに関係なく特に多いと私は感じます。

 

このような音楽を用いたコミュニケーションのあり方は、近年1人で音楽を楽しむという風潮の強い日本とは大きく異なっています。それは、カザフ人が音楽というものを、「周りの人々を巻き込みながら紡いでいくもの」という認識を持っているからです。「光あれ」を歌った劇団員は、私との関係性、そして私に対する感情を考えた上で、その曲を歌ったのだと思います。つまり、カザフ音楽というのは、「コミュニケーション」、言い換えれば、相手がいて成り立つ双方向の発話のあり方であるということです。


まだまだ、カザフ音楽は日本では馴染みの薄い音楽です。しかし、カザフ音楽やドンブラという民族楽器、更にカザフ・ポップスの奥深さは、日本人に馴染みが薄いからこそ、学ぶべきことがあるのではないかと思います。このようなカザフ音楽に少しでも興味を持っていただけたなら、嬉しいです。

写真&文責:八木風輝(滋賀県立大学大学院博士前期課程)